「ミネルヴァの報復」深木章子 ネタバレ感想 評価☆2.5

一言感想

 

文章が素人っぽい,という印象です。

 

 

ミネルヴァの報復 (ミステリー・リーグ)

ミネルヴァの報復 (ミステリー・リーグ)

 

 

法曹関係の詳しい記載について

 

前職が弁護士ということで,裁判所の建物や,法律制度について,詳しい記載があります。

しかし,それがストーリーの筋にとって必要なのか,というと,そうでもない記載が多いように思われました。

 

この作者の作品についていつも感じることですが,このように法曹関係の記述を詳しく書くのは,作者としては,弁護士という前職を生かしているという意図なのかもしれませんが,逆に生きていません。法律の教科書とか,裁判所のパンフレットが読みたいわけではないので。

むしろ前職は離れて,「小説家」として勝負して欲しいと思ってしまいます。

 

もし法曹関係の記載をするとしても,教科書的に,網羅的に詳しく書くのではなく,そのストーリーと関連する部分は詳しく書いて,そうでない部分は書かないか,さらっと流すというようにメリハリをつけられるいいと思います。

 

そうしないと,ストーリーの筋が不明確になってしまいますし,作者が原稿用紙の枚数稼ぎの意図で文字を増やしているような気がすると,印象が良くないです。

 

こうした記載を書くときの,作者の中での基準が低めなのだと感じました。

そこでのストーリーと,一応の「関連性」があれば書いて良い,というように。リアルな法曹関係の記載を加えることが,リアリティを増したり,物語に重厚さを出すと考えているのでしょうか。

 

しかし,妙に詳しく書いてある割に,その法曹記載の必然性が低いと,話が散漫になる気がします。

ストーリーを進める上で,何らかの効果,メリットがある場合にだけ,細かい情報を出すというように基準を高めると読みやすいと思いました。

 

例え話で言えば,刃物で人が殺害されるというストーリーがあったとして,刃物の種類は特にストーリーにとって重要でない場合に,詳細に日本刀の名刀のウンチクが語られたとしたら,ストーリーのバランスを崩しますし,読了したときにウンチクがあってもなくても変わらなかったことが読者にわかったときに,「アレはなんだったのか?」という疑問が生じます。

感情表現について

「噴き上がるほどの怒りに見舞われた」など,登場人物の感情をそのまま表現するのは,いかがなものかと思いました。

 

どこかの小説で見た表現ですが,たとえば「指が白くなるほど両手の拳を握りしめた」などの行動や,「血が逆流するような思いだった」「胃がひっくり返るような思いがした」などの身体感覚で,本来,不可視である感情を表現する方が,プロっぽい感じがすると思います。

 

感情をそのまま文字で表現していると,素人っぽい印象を受けます。

 

擬音語,擬態語について

「ピシッと応じる」など,一部の擬態語の表現に稚拙な印象を受けました。

もっとも,このあたりは人により感覚が異なるかもしれませんが。

 

視点について

章の冒頭などに,ときどき数ページにわたる長目の神視点の文章があります。

新聞記事の記載という体裁で書かれているのだろうか,と一瞬思いましたが,確認しても特にそうではないようです。

これにはやや違和感を覚えました。

 

全体の感想

ストーリーについても,若干飛躍している点も感じられますが(犯人と共犯者の人間関係をそのようにするなら,読者が納得するようにもっと詳しく書くべき),それよりも形式面で稚拙な印象を受けました。

 

キャラクターについも,浅い感じがしました。

視点人物である横手弁護士が,短気であり,読者としては感情移入しにくいと感じました。

名探偵役の睦木にしても,なぜ優秀なのかが伝わってきません。

 

そうしたことも考慮し,平均には達していないという意味で評価2.5としました。

 

 

 

 

「珈琲店タレーランの事件簿 2 彼女はカフェオレの夢を見る」 岡崎琢磨 ネタバレ感想 評価☆1.5

すべてを読んでいませんので,その点ご注意下さい。

珈琲店タレーランの事件簿 2 彼女はカフェオレの夢を見る (宝島社文庫)

珈琲店タレーランの事件簿 2 彼女はカフェオレの夢を見る (宝島社文庫)

 

 アオヤマ:「前作と比べると,文章がまともになってきました。その謎を考えてみましょう。僕が思うに……」

美星バリスタ:「全然違うと思います。」

美星は僕をさえぎっていった。

ア:「まだ何も言っていません。」

僕はバリスタを非難した。

美:「アオヤマさんは『作者が成長した』とおっしゃりたいのでしょう。」

「んぐぁ」と喉が鳴った。

ア:「どうして分かったんですか。その通りなんですが……。」

美:「顔を見れば,それくらいわかります。」

ア:「そんな無茶苦茶な。」

僕は非難するように喚いた。

美:「そもそも『作者が成長した』というのも真実なのでしょうか。」

バリスタは,カウンターの下から何かを取り出し,猛スピードでハンドルを回し「こりこりこりこり」と音をさせると,瞬く間にその何かをカウンターの下に戻した。茶番はまっぴらだと言わんばかりの態度だった。

美:「前作の電波文章を見れば,短期間でそれほど成長するわけがありません。」

美星は一言の下に切り捨てた。

美:「それに『気体ではなく期待で膨らんだ風船の糸を口角に結びつけ、』などという表現も見られ,独りよがりな電波文章の残滓が見られます。大方,電波表現の多くを編集者にカットされたのでしょう。」

美星は非難するような視線を僕に向けた。

僕はうつむいて,ぬるくなったカフェオレを少しばかり啜った。

「珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を」ネタバレ感想 評価☆1

一言で言えば,中学生が書いた黒歴史,ですね。

珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

 

 商用で出版できるレベルではないでしょう。

 

まず,巧拙の範囲を超えておかしい部分が散見されます。

 

第2話で,リカが,玄関からのぞきこんだだけで,そこにあったコーヒーを「ブラックのコーヒー」と断言するのは,極めて不自然です。p62

一読したときから,ひっかかりすぎるほどでした。

 

結局,これは伏線だったということなのですが,(p95)あまりに不自然すぎて,聞き手のキャラが「それ,どういうこと?」と即座に問い質すのが当然のレベルとしか感じられず,伏線になっていません。

 

僕は,小説はゆっくりと全文を味わうように読むのですが(娯楽のために読んでいるので,急いでも仕方ない)この文章は読めずに,筋だけを追うために斜め読みしました。

 

また,文章に意図が見えないです。

 

例えば,たまたま最近読んだ,東野圭吾のガリレオ8ですが,視点人物の草薙が,初対面の人に会ったとき,外見や印象が書かれますが,「目がぱっちりとしている」「浅黒く四角い顔をしている」などと,簡潔に表現されます(記憶で書いているので,一言一句違わずにこの表現だったということではないと思いますが)。

 

確かに,初めての人に会ったとき,無意識のうちに何らかの印象を抱きますが,服装,顔立ち,足がすらりと伸びていたかなど,すべてを事細かに認識するわけではありません。

1つ2つの印象的な部分だけが印象に残るのであり,そうした現実の人の認識作用に近い表現を,東野氏は意図的にしているのだと思います。

違う言い方をすると,意図的に書き込みすぎないようにしているのだと思います。 

 

転じて,タレーランを読むと,描写に意図が見えません。

もって回った表現や比喩をすれば,小説っぽく見える,作者が単純にそう考えているだけであるように感じられてなりません。

これが「中学生っぽい」「黒歴史っぽい」のです。

 

また,キャラクターのキャラが定まっていません。ぶれます。

堅苦しい会話をしたかと思えば,厳しいツッコミ……というより単なるキツイ物言いをし始めます。何も考えずに,かつ推敲せずに書きでもしないと,こんなように書くのは難しいでしょう。

 

キャラクター同士のコミュニケートにおいて,非難する,という場面が目立ちます(非難がましい目で見た,など)。

現実の社会で,それほど非難し合うということはないでしょう。

 

例えば,コーヒー豆の種類を間違えて仕入れた仕入先に対して,後で「問い詰めよう」という表現がありましたが,継続的な付き合いがある仕入先という設定でしたし,良いコーヒー豆を売ってくれるということで買い手が必ずしも強い立場とも言い切れないようでしたので,現実社会なら「問い詰める」ということはしないのではないかと思います。

現実であれば,仕入先に「確認する」「問い合わせる」,キツ目に言うとしても「文句を言う」「クレームを入れる」くらいでしょう。

作者が,社会人経験が乏しいのでは,と思わせます。

 

エキセントリックなキャラクターが多すぎます。

ある意味,ヒロインも含めて全員がエキセントリックです。

暴力的であったり,キツイ皮肉を言ったりします。

エキセントリックなキャラがいるのはいいのですが,それに振り回されるようなマジメなキャラや気弱なキャラがいた方が,対比で引き立ったような気がします。

 

総じて,エンターテイメント作品=読者を楽しませるための作品,ではなく,作者が楽しんでしまっているような印象を受けました。

読者を楽しませるという意図がないので,表現やキャラに欠陥が生じるのです。 

 

このように,作品としてのクオリティは低いと評価せざるを得ませんが,良い意味でも「小説家を志して放課後に喜々として創作する中学生」という感じを受けます。

 

もちろん,出版社の「売らんがな」という意向もあったのでしょうけれど,何はともあれ売れた実績もあるので,運も実力のうちと言いますか,今後の成長を生暖かく見守りたい気持ちになります。

 

作者の書きたいものもあるのでしょうけれど,いきなりシリーズものではなく,単発で,きちんと人の死ぬミステリーを書いてくれれば読んでみたいです。

「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎 ネタバレ感想☆2

ネタバレ感想なので、続きを読まれる場合はご了承ください。

 

全体の感想「これ、面白いんですか?」

感想を一言で言えば「これ、面白いんですか?」といったところでしょうか。

 

首相暗殺事件が起こり、その犯人の濡れ衣を着せられた主人公が逃げる、その逃走を描いた作品です。

 

設定は、なかなか興味を惹かれるものなのですが、キャラクターに魅力が乏しかったり、展開がご都合主義すぎるような気がしました。

 

例えるなら、FF7でゴールドソーサーでクラウドとヒロインが参加した、素人劇みたいです。

「悪竜王」にヒロインがさらわれる、という緊迫感あるストーリーなのですが、いかんせんクラウドたち役者が棒読み、みたいな。

 

www.youtube.com

 

魅力に乏しい登場人物

全体的に感じるのが、登場人物に善人が揃いすぎている、ということです。

主要人物の青柳雅春、樋口晴子、カズは、揃っていわゆる善人と表現したいようなキャラクターです。

友人の森田森吾は、多少ふざけたような性格ではありますが、キャラクターが濃いとまでは思えません。

 

それ以外の登場人物、晴子の友人の女性、カズの現在の彼女、青柳が学生時代にバイトしていた花火工場の社長など、脇役も善人が揃っています。

 

まして、逃走中に出会って逃走を助けてくれた初対面の人たち、連続殺人犯の「キルオ」、服を交換してくれた駐車場の不良の5人、地下道による逃走を手助けしてくれた保土ヶ谷康志や将門君、なども、逃走犯の冤罪を信じて助けてくれるのですから、性質は善良でしょう。

 

主人公が協力を依頼したテレビ局の矢島も、職業柄うさんくさくてもおかしくはない気がしましたが、応対はかなり誠実でした。

 

「キルオ」は多少面白いキャラクターでしたが、それ以外は属性(不良、窃盗の計画をしたことがある)でくせは与えられていましたが、主人公に対する言動では善良そのものの人たちでした。

 

結局、初期に森田森吾とカズが警察と通じていたのを除けば、連続殺人犯を含めて、主人公を裏切った人物はいないのではないでしょうか。

 

ちなみに、貴志祐介の「新世界より」では、主人公の女性からして、愚痴というか皮肉をよく言うような、癖のあるキャラクターとして描かれていました。

 

新世界より (上)

新世界より (上)

 

 

また、ジャンルも変わってしまうかもしれませんが、ハリー・ポッターでは、居候先のダドリー家の家人や、ドラコマルフォイ、スネイプ先生など、魅力的な敵役が多く出てきて、ストーリーに彩りを添えます。

 

作者は「人間の信頼」を描きたかったのかもしれませんが、悪役というか、読者も一緒になって主人公に感情移入して敵愾心を抱くような敵役がいた方が、人間への信頼が際立ったと思います。

 

伏線を回収しすぎ

伏線を回収する数が、多すぎるように感じました。

 

主人公(A)がBと知り合って、ヒロイン(C)とDが協力関係にあり、このBとDが少し前に知り合いになっていた、というような、さすがにそれは偶然にすぎるだろう、という人間関係があります。

 

大学時代に友人に教わった大外刈りを、主人公とヒロインが使おうとしたり、別の場所で、たまたま同じテレビCMを見て、大学時代のデートの記憶を思い浮かべたりと、仕込みすぎの気がします。

 

仕込みも、数が少なくて効果的な場面で使えば、読者に感動をもたらすこともあるのでしょうが、あまりに数が多いと、作り物を読んでいる感じがしてきてしまいます(もちろんフィクションではあるのですが)。

「雀蜂」貴志祐介 ネタバレ感想☆3.5

 ネタバレ感想なのでご注意ください。

雀蜂 (角川ホラー文庫)

雀蜂 (角川ホラー文庫)

 

ちなみに、 貴志先生の小説はすべて読んでいます。

というか、2回読んだ作品もいくつかあります。

 

アマゾンのレビューでは厳しい評価が多いですが、僕はそこまで悪い作品とは思っていません。

情報とその場のアイテムで敵とバトルする、「クリムゾンの迷宮」を彷彿させるような、氏の持ち味は出ていると思いました。

 

以下、個々の点についての感想を書いていきます。

 

前半を読んでいて思ったのが、貴志氏レベルの作家が雪に閉ざされた山荘を舞台にすると、何かのパロディなのか、笑うところなのか迷いました。

 

また、頻繁に現れる、ゴシックで表記された安斎の著作タイトルとその一節も、なぜか東野圭吾の「名探偵の掟」の始めの話、小説家が個人的な支出を経費にするために、無理矢理にストーリーを支出に絡めて変な小説を書いてしまう、という話を思い出しまして、可笑しかったです。実は後半で、これには意味があることが分かりほっとしましたが。 

名探偵の掟 (講談社文庫)

名探偵の掟 (講談社文庫)

 

 

 ストーリーの流れとしては、安斎がスキー服を着用した時点で蜂に刺される危険性が極端に下がり、一気に危機感が失せてしまったと思いました。

 

また、所詮は雪で閉ざされたことによる擬似的な密室空間なので、舞台が日本ということもあり、結局は吹雪がやむまで(蜂に襲われないような場所で)1日から数日待っていれば、救助を求めに行くのは容易なはずです。それを考えると、蜂とバトルする必然性も少ないのかな、と思いました。

 

それから、安斎が小説家であり、貴志氏と同じであるので、たとえば「苦し紛れに小説を書いた」とか「ネットでは酷評されていた」などの記述は、貴志氏の実体験を基に書いているのだろうか、と考えると、小説の世界から現実に引き戻されてしまいました。 

 

200ページという分量も、中途半端だったような気がします。

氏の短編で、「狐火の家」の中の「黒い牙」は、探偵役以外は犯人候補の2人しか出てこない登場人物の少ない作品ですが、一転二転しながら謎を解いていく過程が個人的には面白かったです。この作品くらいの短さにするか、または長くするかで、内容の密度を上げた方が面白くなったのではないかと思います。もちろん、出版に関する諸事情でこの長さになったのだとは思いますが。 

狐火の家 (角川文庫)

狐火の家 (角川文庫)

 

 

オチについては、うーん、という感じです。

なしとは思わないですし、偶然や行き違いが重なって蜂とのバトルにつながっていくのは、ある意味良くできていると思うのですが、やっぱり主人公の精神状態に共感できないというか、想像がしにくいので、「やられた」とあまり思えないのだと思います。「そんなことが本当にあるのだろうか」という、小説において求められるレベルのリアリティに、やや欠けるかな、という感じです。

 

クリムゾンの迷宮」の楢本も、最後は麻薬が切れているはずにも関わらず狂気が持続していましたし、超能力めいた力まで発現したりと、よく考えるとご都合主義というかリアリティに欠けるという見方もできなくないですが、感情移入する主人公ではなく敵役でしたし、「まあ、そんなこともあるのではないか」と、小説において求められるレベルのリアリティはあったのではないかと思います。

 

一方、本作品の安斎は、こうした意味でのリアリティをやや書いていたのではないかと思います。

 

逆に良い点、というと少し違うのかもしれませんが、思ったのは、おそらく貴志氏は今回はこういう話が書きたかったのではないか、ということです。

つまり、貴志氏レベルになると、自分の書きたいものが書けると思うのです。

これまでも、狐火の家」の最後の話であるバカミスや、「ダークゾーン」など、書きたいと思ったものを、ウケルかどうかは最重要視しないで書いてきています。

 

 

ダークゾーン

ダークゾーン

 

 

 

 そして、今回は、現実の世界をベースとした、動物とのバトル物を書きたいと思われて、適役として雀蜂を選んだのではないかと思います。 

 

まあ、「クリムゾンの迷宮」や「黒い家」のようなサイコな悪人が出てくる作品を、ちょっとパターンを変えて書き続けたとしたら、それはそれでワンパターンなどと批判もされるでしょうし、今回は動物とのバトル物に挑戦したということで、個人的には納得しています。

 

黒い家 (角川ホラー文庫)

黒い家 (角川ホラー文庫)

 

 

また、新分野に挑戦するなり、悪人をテーマにした作品に戻るなら戻るで、面白い作品を書いてくれることを期待しています。

 

ちなみに、貴志ファンの中ではあまり評価が高くないようですが、僕は結構デビュー作の「ISOLA」が好きなんですよね。

超能力者や多重人格なんてテーマは、それだけでミステリアスですし、オチも怖い感じにうまく決まっていると思います。 

 

 

告白,湊かなえ,ネタバレ感想 評価☆☆☆☆☆

ネタバレ感想なのでご注意ください。

 

はてな匿名ダイアリーで酷評されていたので興味を持ち、読んでみました。


ラノベ以下のしょうもない人気小説10作品

 

 結論から言うと、面白かったです。

 

少しづつ情報が明らかにされていくスタイルで、真相は何なんだろう?と興味を持って読み進めることができました。

 

少し前に以下の本を読み、小説のテクニックとして、読者をじらすということがあげられていましたが、それが効果的に行われていました。

 ↓

 

また、視点人物から見て不自然な描写をしてはいけない、ということも、作家志望の小説家の卵たちに教えていましたが、「告白」では、同じ出来事が、ある人物からは印象的なエピソードとして数ページにわたって詳細に描写されている一方、他の人物からは3行程度で軽く触れるに留めるなど、それぞれの人物にとっての出来事の意味合いの違いがうまく表現されており、ひいては各人物の性格、世界観を表現しており、うまいと思いました。

 

ちょっと残念だったのは、この小説では、現実でもありえそうなちょっとした行き違い、誤解によって物語が動いていく部分が大きいのですが、少年Aが被害者を殺す気であったのか、それとも騒ぎを起こしたいだけで殺す気まではなかったのか、少年Aのパートになるまで明らかではなかったので、この点でも行き違いがあったら小説として面白味が増したと思いました。

 

具体的には、少年Bは、「少年Aは殺す気だった」という前提で行動しているのですが、ここで実は少年Aは殺す気はなかった、被害者が死なないことを承知していた、とうことになれば、物語としてのやりきれなさ、悲劇の度合いは強まったと思うのです。

というか、この行き違いが当然あるものと予測して読んでいたので、実は殺す気があったと分かって、少々がっかりしました。

 

また、少年Bが壊れていく過程も、うまく行きすぎというか、小説としてのリアリティーとしてアリかナシかの境界線上くらいの、微妙なものがありました。

 

少年Bは感染していることを前提に行動していますが、女性教師自身が1章の最後で感染しているかどうかは分からないとして「血液検査を受けてみてください。」と言っているのですから、少年Bも感染していないことに賭けて検査してみるのが自然ではないでしょうか。

 

少年Bが、年齢的なものからくる無知により感染をおそれたとするなら、1章で女性教師自身が科学的に誤りであってもブラフ的に、感染の可能性をおおげさに伝えたことする必要があったと思います。

インシテミル,米澤穂信,ネタバレ感想

僕は,読む小説を,著者で選びます。

そして,追想五断章などが面白かった米澤穂信の本作を読みました。

 

 

インシテミル (文春文庫)

インシテミル (文春文庫)

 

 

さすがに米澤氏,一定のレベルの作品には達していると思いました。

 

ただ,いくつかの点で,不自然さを感じました。

 

まず,法外な報酬の約束の下で,「実験主」の期待に反して,参加者がみな協力し,昼寝などして平穏に1週間をすごすことは,「実験主」としては高いコストが無駄になる以上,非常に困るはずです。

 

そうであれば,実験が円滑に進むように,「実験主」からの何らかの働きかけがあることが予想できます。

 

初めの死亡者である西野の死亡(自殺)は,僕は,「実験主」が参加者のうち適当な者を1人選んで殺害したものと思っていました。

 

「実験主」からの介入は,本来あってはならないものですが,赤の他人同士が殺し合うという高いハードルを越えさせるためです。

2人目以降の殺人がスムーズに発生するための,「触媒」または「呼び水」のようなものです。

 

実際は,自殺する者を仕込んでいた,ということでしたが,外部からの意図的な介入という意味では,アンフェア度は,僕の予想とあまり変わらないと思います。

 

こうした「仕込み」の可能性について,参加者が誰も,終盤まで検討していないのは,不自然だと思いました。

 

 

次の点は,単純に,実験終了後,「実験主」が約束の金を払ってくれる保証がないのに,そのことについて参加者が疑っていないのが不自然です。

 

いや,実はこの点について,「実験主」サイドが,2000万円の現金を見せることで,不払いの疑念を払拭するという場面はあるのですが,報酬は,単純に計算すると1人あたり2000万円弱なのですから,これでは全員に対する報酬の総額には足りません。

これが20億円であれば,まだ分かりますが。

 

また,真木の死さえ伏せることができるらしい「実験主」ですから,実験終了後に支払いが惜しくなり,参加者を殺害する,ということだって,当然,懸念されるはずです。

もちろん,初めから支払うつもりがない,生き残った参加者はハナから殺害するつもりだということも,十分に考えられます。

 

それなのに,「実験主」からの支払いを少しも疑わず,10億という莫大な報酬を期待して,見ず知らずの他人を殺害する参加者が出てくる,というのは,リアリティが欠けているように感じました。

 

また,少年とも見えたという若い関水が,10億という金を必要としているという事情が,現実的ではありません。

 

一瞬,頭に浮かんだのは,関水の実家が旅館などを経営しており,10億の金がないと旅館が潰れてしまう,というような事情ですが,それならば,両親がまず資金調達の責任を負うべきであり,娘である関水がどうしても10億を手に入れなければならない,ということにはなりません。

 

また,それほどの負債があるのであれば,殺人に手を染めてまで何が何でも10億円を得ようとするより,旅館を破綻させてしまう方が,よほど現実的です。

 

それとも,不法な賭博で嵌められて,または不正に手を染めるなどして,法外な負債を負わされて,誰にも助けを求められないし,これを返済できなければ,その筋の者に殺される,というような事情でしょうか。

 

そうであれば,なにはともあれ,最終的には関水は返済から解放されたことになるはずですが,自殺をほのめかすようなラストと整合しないことになります。

 

それから細かい点かもしれませんが,「1本滞っている」と言ったからといって,きっちり10億円ジャストの負債があることになっているのも,不自然です。

概数と考える方が,自然ではないでしょうか。

 

 もっとも,少しも触れていないということは,あえて借金の背景については意図的に書かないということで何らかの効果を期待したという,作者の狙いがあるのかもしれません。