インシテミル,米澤穂信,ネタバレ感想

僕は,読む小説を,著者で選びます。

そして,追想五断章などが面白かった米澤穂信の本作を読みました。

 

 

インシテミル (文春文庫)

インシテミル (文春文庫)

 

 

さすがに米澤氏,一定のレベルの作品には達していると思いました。

 

ただ,いくつかの点で,不自然さを感じました。

 

まず,法外な報酬の約束の下で,「実験主」の期待に反して,参加者がみな協力し,昼寝などして平穏に1週間をすごすことは,「実験主」としては高いコストが無駄になる以上,非常に困るはずです。

 

そうであれば,実験が円滑に進むように,「実験主」からの何らかの働きかけがあることが予想できます。

 

初めの死亡者である西野の死亡(自殺)は,僕は,「実験主」が参加者のうち適当な者を1人選んで殺害したものと思っていました。

 

「実験主」からの介入は,本来あってはならないものですが,赤の他人同士が殺し合うという高いハードルを越えさせるためです。

2人目以降の殺人がスムーズに発生するための,「触媒」または「呼び水」のようなものです。

 

実際は,自殺する者を仕込んでいた,ということでしたが,外部からの意図的な介入という意味では,アンフェア度は,僕の予想とあまり変わらないと思います。

 

こうした「仕込み」の可能性について,参加者が誰も,終盤まで検討していないのは,不自然だと思いました。

 

 

次の点は,単純に,実験終了後,「実験主」が約束の金を払ってくれる保証がないのに,そのことについて参加者が疑っていないのが不自然です。

 

いや,実はこの点について,「実験主」サイドが,2000万円の現金を見せることで,不払いの疑念を払拭するという場面はあるのですが,報酬は,単純に計算すると1人あたり2000万円弱なのですから,これでは全員に対する報酬の総額には足りません。

これが20億円であれば,まだ分かりますが。

 

また,真木の死さえ伏せることができるらしい「実験主」ですから,実験終了後に支払いが惜しくなり,参加者を殺害する,ということだって,当然,懸念されるはずです。

もちろん,初めから支払うつもりがない,生き残った参加者はハナから殺害するつもりだということも,十分に考えられます。

 

それなのに,「実験主」からの支払いを少しも疑わず,10億という莫大な報酬を期待して,見ず知らずの他人を殺害する参加者が出てくる,というのは,リアリティが欠けているように感じました。

 

また,少年とも見えたという若い関水が,10億という金を必要としているという事情が,現実的ではありません。

 

一瞬,頭に浮かんだのは,関水の実家が旅館などを経営しており,10億の金がないと旅館が潰れてしまう,というような事情ですが,それならば,両親がまず資金調達の責任を負うべきであり,娘である関水がどうしても10億を手に入れなければならない,ということにはなりません。

 

また,それほどの負債があるのであれば,殺人に手を染めてまで何が何でも10億円を得ようとするより,旅館を破綻させてしまう方が,よほど現実的です。

 

それとも,不法な賭博で嵌められて,または不正に手を染めるなどして,法外な負債を負わされて,誰にも助けを求められないし,これを返済できなければ,その筋の者に殺される,というような事情でしょうか。

 

そうであれば,なにはともあれ,最終的には関水は返済から解放されたことになるはずですが,自殺をほのめかすようなラストと整合しないことになります。

 

それから細かい点かもしれませんが,「1本滞っている」と言ったからといって,きっちり10億円ジャストの負債があることになっているのも,不自然です。

概数と考える方が,自然ではないでしょうか。

 

 もっとも,少しも触れていないということは,あえて借金の背景については意図的に書かないということで何らかの効果を期待したという,作者の狙いがあるのかもしれません。