「雀蜂」貴志祐介 ネタバレ感想☆3.5

 ネタバレ感想なのでご注意ください。

雀蜂 (角川ホラー文庫)

雀蜂 (角川ホラー文庫)

 

ちなみに、 貴志先生の小説はすべて読んでいます。

というか、2回読んだ作品もいくつかあります。

 

アマゾンのレビューでは厳しい評価が多いですが、僕はそこまで悪い作品とは思っていません。

情報とその場のアイテムで敵とバトルする、「クリムゾンの迷宮」を彷彿させるような、氏の持ち味は出ていると思いました。

 

以下、個々の点についての感想を書いていきます。

 

前半を読んでいて思ったのが、貴志氏レベルの作家が雪に閉ざされた山荘を舞台にすると、何かのパロディなのか、笑うところなのか迷いました。

 

また、頻繁に現れる、ゴシックで表記された安斎の著作タイトルとその一節も、なぜか東野圭吾の「名探偵の掟」の始めの話、小説家が個人的な支出を経費にするために、無理矢理にストーリーを支出に絡めて変な小説を書いてしまう、という話を思い出しまして、可笑しかったです。実は後半で、これには意味があることが分かりほっとしましたが。 

名探偵の掟 (講談社文庫)

名探偵の掟 (講談社文庫)

 

 

 ストーリーの流れとしては、安斎がスキー服を着用した時点で蜂に刺される危険性が極端に下がり、一気に危機感が失せてしまったと思いました。

 

また、所詮は雪で閉ざされたことによる擬似的な密室空間なので、舞台が日本ということもあり、結局は吹雪がやむまで(蜂に襲われないような場所で)1日から数日待っていれば、救助を求めに行くのは容易なはずです。それを考えると、蜂とバトルする必然性も少ないのかな、と思いました。

 

それから、安斎が小説家であり、貴志氏と同じであるので、たとえば「苦し紛れに小説を書いた」とか「ネットでは酷評されていた」などの記述は、貴志氏の実体験を基に書いているのだろうか、と考えると、小説の世界から現実に引き戻されてしまいました。 

 

200ページという分量も、中途半端だったような気がします。

氏の短編で、「狐火の家」の中の「黒い牙」は、探偵役以外は犯人候補の2人しか出てこない登場人物の少ない作品ですが、一転二転しながら謎を解いていく過程が個人的には面白かったです。この作品くらいの短さにするか、または長くするかで、内容の密度を上げた方が面白くなったのではないかと思います。もちろん、出版に関する諸事情でこの長さになったのだとは思いますが。 

狐火の家 (角川文庫)

狐火の家 (角川文庫)

 

 

オチについては、うーん、という感じです。

なしとは思わないですし、偶然や行き違いが重なって蜂とのバトルにつながっていくのは、ある意味良くできていると思うのですが、やっぱり主人公の精神状態に共感できないというか、想像がしにくいので、「やられた」とあまり思えないのだと思います。「そんなことが本当にあるのだろうか」という、小説において求められるレベルのリアリティに、やや欠けるかな、という感じです。

 

クリムゾンの迷宮」の楢本も、最後は麻薬が切れているはずにも関わらず狂気が持続していましたし、超能力めいた力まで発現したりと、よく考えるとご都合主義というかリアリティに欠けるという見方もできなくないですが、感情移入する主人公ではなく敵役でしたし、「まあ、そんなこともあるのではないか」と、小説において求められるレベルのリアリティはあったのではないかと思います。

 

一方、本作品の安斎は、こうした意味でのリアリティをやや書いていたのではないかと思います。

 

逆に良い点、というと少し違うのかもしれませんが、思ったのは、おそらく貴志氏は今回はこういう話が書きたかったのではないか、ということです。

つまり、貴志氏レベルになると、自分の書きたいものが書けると思うのです。

これまでも、狐火の家」の最後の話であるバカミスや、「ダークゾーン」など、書きたいと思ったものを、ウケルかどうかは最重要視しないで書いてきています。

 

 

ダークゾーン

ダークゾーン

 

 

 

 そして、今回は、現実の世界をベースとした、動物とのバトル物を書きたいと思われて、適役として雀蜂を選んだのではないかと思います。 

 

まあ、「クリムゾンの迷宮」や「黒い家」のようなサイコな悪人が出てくる作品を、ちょっとパターンを変えて書き続けたとしたら、それはそれでワンパターンなどと批判もされるでしょうし、今回は動物とのバトル物に挑戦したということで、個人的には納得しています。

 

黒い家 (角川ホラー文庫)

黒い家 (角川ホラー文庫)

 

 

また、新分野に挑戦するなり、悪人をテーマにした作品に戻るなら戻るで、面白い作品を書いてくれることを期待しています。

 

ちなみに、貴志ファンの中ではあまり評価が高くないようですが、僕は結構デビュー作の「ISOLA」が好きなんですよね。

超能力者や多重人格なんてテーマは、それだけでミステリアスですし、オチも怖い感じにうまく決まっていると思います。